馬込文士村解説板 子母沢寛

地名をペンネームにした 子母沢寛(1892~1968) 小説家

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主な作品
【新撰組始末記】【弥太郎笠】【父子鷹】【勝海舟】【国定忠治】など

北海道生まれの梅谷松太郎は二十六才の時妻子とともに上京し、大正十二年(三十一才)新井宿西沼に移ってきました。新聞社に在職する傍ら執筆活動を行い、昭和三年には『新撰組始末記』を処女出版、このとき初めて筆名の『子母沢寛』を用いました。
姓は当時新井宿の子母澤に住んだところから、名は寛(カン)という語呂の響きを好んだためとされています。
大衆文学台頭の時期でもあって、作品発表はかなりのハイペースでした。昭和十一年の新聞には-この頃の執筆は月産三百五十枚を下ることがなかった-と記されているほどです。
昭和六年頃からは作品の映画化・劇化が相次ぎ、『弥太郎笠』などが話題を呼びました。新聞記者を辞めてからは執筆活動に専念し、昭和十一年に山王へ移転後、『勝海舟』の新聞連載を始めます。その後、昭和二十年、同続編を連載中に藤沢市鵠沼(くげぬま)へ移転して、彼の新井宿・山王住まいは終わります。

参考文献 大田区資料【子母沢寛】

 

 

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